img003.jpg昔の舟屋の建ち並び伊根の舟屋群は、山・海を背景に、千数百年の歴史をそのまま具現している町並み。寺・宮・海・山・舟屋・蔵・母屋一体の家並みと、その奥に秘められた漁業の歴史と村づくりの歴史。単なる美しさ、珍しさだけでなく、集落全体が村の歴史を具現している貴重な文化財です。
「日本のなぎさ百選」・「日本でもっとも美しい村」・NHK連続ドラマ「ええにょうぼ」・「釣りバカ日誌」など、メディアでも多数紹介されています。


img048.jpg写真は、明治後期~大正初期の頃。耳鼻谷に追い込んだクジラの周りを二重三重の舟が取り囲んでいます。手にモリを持った人や、指揮者らしき人も見ることができます。また岸に目をやれば、大勢の人々がその様子をかたずをのんで見守っている様子がうかがえます。

伊根浦の捕鯨方法は、伊根浦の地理的条件を生かした独特の捕鯨法をとっており、大間口・小間口を張り切り網で塞ぎ、湾内を生簀状にし、小廻し網で追い詰めつつ、モリで仕留めます。

湾内捕鯨の組織的特徴は、捕鯨組など恒常的な専業組織を持たず、鯨の入湾と同時に、庄屋の指揮で村支配体制あげて村人総がかりで捕鯨に打ちかかっていました。この方式の捕鯨は、他には例を見ない、伊根浦独自の体制・方法です。捕獲した鯨は、皮・肉・海老尾・はぐき・油・臓物・骨にいたるまで残らず利用した。


img009.jpg船屋台の歴史は古く、江戸期のはじめより祇園牛頭天王を祭神とする八坂神社を氏神とし、太刀振、棒振、花の踊を奉納した。海上安全と大漁、疫病退散と五穀豊穣への祈願は、やがて「海の祇園祭」に発展していった。ほどなく神楽も祭祀に加えられた。江戸期後期に船屋台もとりいれられた。

ふるさとミュージアム丹後

muzio00031.jpg丹後の歴史博物館

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